フットサルした後に考えたこと。2024.12.21
53才でもできる
三週間前に、二年ぶりのフットサルをやった時は、もう体がガタガタになりました。体がビックリしたみたいで、回復には四日間ほどかかりました。
それでも週二回10km走ることとを続けていたので体を壊さずにすみました。
慣れた
今日で三週連続の三回目。すっかり慣れて、技術的なことを考えながらプレイする余裕が出てきました。
そこで気づいたこと、覚えておくべきことを文字化して今後につなげます。次回フットサルをプレイするのは年末年始を挟む関係で日数が開いてしまうので。
ポイント
まずはポイントを列挙すると、
- 姿勢
- 視野
- 引き算
- キック
- リフティング
これらの説明を以下に書いていきます。
1 姿勢
立ち方
ふたたび、端的にポイントを列挙します。
- 内また
- ヒジは後ろ
- 重心を上下する
内またにすることで、スタンスを自然に狭く保ちます。実は狭いスタンスの方が機敏に動けるのですが、理由はどの方向にも動きやすいからです。逆にスタンスが広いと前後か左右の二方向くらいには速く、しかも力強く動ける反面、それ以外の方向には一度態勢を修正するロスが発生します。また、一度早く動いてしまうと止まりづらくなり、上手いオフェンスには手玉に取られやすくなります。総合的に内または動きが機敏になり、ロスが減るということで、基本姿勢として採用することにします。
ヒジは後ろ
自分が態勢を崩す時は、たいてい腕が胴体よりも前方にあります。敵やボールに対して前のめりになった瞬間に両腕が前に出て戻らなくなり、機敏に動くこと、かっこよく言うとアジリティが下がります。なので常にヒジを後ろに引くイメージでプレイすることにします。
重心を上下する
普段は高めの重心にしてラクにします。この時もやはり内またです。素早く動き出すためにはわずかに重心を下げることで地面からの反力を得ることで、さらにそれは必要に応じて長い歩幅を作ることが可能になります。重心が高いままではリーチが短くなり、また加速力が出にくくなるので、状況に応じて重心を上下にコントロールします。
2 視野
枠でとらえる
視野を広く、とは良く言われることでしょうが、実際には視野は広げられないでしょう。少なくとも、言われたすぐ後簡単にはムリでしょう。
しかし簡単に視野を広げる方法がありました。でも視野を広げるというよりは、視野を有効に使う、といったかんじです。
自分の目を映画を撮影するためのカメラのように考えます。風景を捉えるようなイメージで見るのであって、何か特定のモノだけを目で追うのではありません。
何かを見ようとする時、逆にそれ以外のモノが見えづらくなります。もちろん見たいと思うものは常にいくつもあって、どれも見なくていいというわけにはいきません。そのくせ、何でも一度に見れるわけでもないので、困ったものです。さてどうしましょうか。
自分の視野を枠としてとらえて、その枠をどこに向けるかを考えます。当然、その時見たいものをなるべくすべてになりますが、例えばパスのやりとりをする場合なら味方、ボール、自分の周囲、次にパスする相手、できればその近辺の敵すべてを枠にとらえる、ということです。また別のシチュエーションでシュート前の場合は、ゴールとキーパー、シュートコースとその周辺のプレイヤー、ということになります。
つまりまとめると、自分の視野をカメラの枠として考えて、その枠の中にその時なるべく必要な情報をすべて収める、ということです。
3 引き算
引き算とは人数の引き算です。自分の視野という枠に収まっている人数を10から引き算した残りが、視野の外にいるということになります。
視野の広さには限界がありますが、視野の外に何人いるかが分かっていれば、チャンスや危険をより速く察知できます。特に背後を取られてカウンターをあっさり許してしまう、ということが減るはずです。
また、全ての人数を視野に収めようとすると常に最後尾に陣取ることになり、攻撃参加に消極的になってしまいます。私の場合は特にこの傾向が強いので、積極的にポジションをあげつつも背後を取られないことが重要です。
常に視野にいる人数を10から引き算して、危険がどのくらいある残っているのかを理解し、今までよりもカウンターを食らわないで攻撃参加を増やしたいと思います。
4 キック
キックの直前、上げた足をヒザから下に「垂らす」イメージを大切にします。つまり脱力です。
特に今参加している個サルはひざ下のシュートが原則で、強すぎるシュートも禁止のルールです。ちょっと窮屈なルールですが、考えようによっては基本に忠実なキックを習得しやすい環境だとも言えます。
振り足を力むとかえってシュートのキレが悪くなります。またコントロールも悪くなりがちで、そのうえ力む分だけ周囲も見えなくなってキャンセルもしづらいでしょう。
一方、脱力したキックのスイングにはキレも精度も自由度もあり、おまけにスイングが自体が小さく速くなるのでより短い時間と少ない労力でシュートが打てるようになります。さらにキックのインパクトの時にボールをすくい上げなくなるのでシュートが浮かなくなります。
ヒザを垂らすという感触をリフティングのような練習方法で、常にセンスを磨いて準備しておきたいものです。
5 リフティング
はっきりいって、私はリフティングができません。正確にはできると言い切れないほど、というか、人に見せられるレベルのものではありません。
しかし下手なリフティングほど他人に見られて恥ずかしいものは無いと思います。しかしそれでもリフティングがボールタッチの練習として非常によりものであることは無論のことでしょう。
そこで個サルの合間に、ネットに向かって一人でリフティングの練習をすることにしました。
周囲の人には背を向けているので見つめられることはないでしょう。また蹴りそこなってもすぐネットがボールを私にそっと返してくれます。さらにカムフラージュとして手に飲み物を持って練習すれば、本気ではない、というアピールになるでしょう。もちろん実は本気なんですが。
このアイデアはナイスでした。事前にYouTubeで見たリフティングのコツもあいまって、トントン拍子に上達しています。最初は一発でボールをロストする絶望ぶりだったのですが、今回2回目にして3~4回つづくようになりました。
ちょっとつづくとすぐ楽しくなってくるで、はやくまた練習したいとおもうのですが、さすがに53才のおっさんがそのへんで練習するのは恥ずかしいので、また次に個サルに参加できるときまでガマンです。
なぜ〇〇するのか、という哲学
楽しむために
なぜ〇〇するのですか、ともし私が尋ねられたら、迷わず「楽しむためです。」と答えるつもりでいます。逆にそう答えられないことをしてはいけないように思います。
他人のためでもある
自分が楽しむためには、関係する人を困らせてはいけません。他人を困らせればその分、いえそれ以上に他人が私を困らせるでしょう。だからというわけではないのですが、自分が楽しむためには他の誰かを犠牲にしてはいけません。もし可能であれば、他人も楽しませたいものです。
楽しむために、〇〇します。
何かするときには楽しむためだと言い切れるかどうか、自分に問いたいと思います。楽しむためだと言い切れるなら、それはきっと正しい行動なのでしょう。
ダークソウル3 嵐の王
ゲームのボスキャラ、嵐の王。ゲームのプレイヤーとして、私は嵐の王には300回くらい負けており、いまだに楽には勝てません。
勝てない相手
プレステ4のゲームソフト、ダークソウル3は20周くらいやり直してます。特にボス戦が楽しいので挑戦の仕方を微妙に変えながら遊んでいます。
最初は勝てずに腹が立つばかりでしたが、次第に勝てないことがうれしくなってきます。もし簡単に勝ててしまうとつまらなくなってしまうので、何度やっても簡単にはかてないとなるとたとえ勝っても次はもっと楽に勝ってやるという目標ができます。そういうわけで、このゲームを何十周もやっているわけです。
なぜ負けるのか
何度も同じボスに負け続けると、なぜ負けるのかが自分でも不思議になります。
敵は基本プログラムに則って動いているだけのキャラクターで動き方に変化はないはずなのに、変化できる自分がなかなか勝てないのはなぜなのでしょうか。
変化できない自分
負けると言う結果が同じで、敵が同じということは、自分も同じで変化が無いということです。
変化するとはどういうことでしょうか。どこかで聞いた話ですが、分かるということが変化するというだそうです。だとすると、私は分かっていないことになりますが、いったい何が分かっていないのでしょう。
もっと理解する
今この話の流れでそのまま考えると、分かっていないのは敵と自分のこと、ということになります。敵の何を分かっていないのか。自分の何が分かっていないのか。とにかく分かっていないところを片っ端から理解していくことが必要になりそうです。その理解していく中で、自分が求める結果につながる筋道、つまり勝ち筋を見つけていけば良いのでしょう。
できないのは、分かっていないから
分かればできるでしょうし、分かってないないとできないものでしょうから、できるようになるには分かるようになるしかありません。
分かってるけどできないんだ、と悔しくて言いたくなりますが、やはり理解が足りていないからできないのです。自分と相手、そしてそれを取り巻く環境について、もっと理解しましょう。その努力が、うまくやっていくための努力であるだろうし、もっと大きく言えば生きて行く力だとも言えます。
うまくいかないことを喜ぶ
うまくいかないことに出くわしたら喜ぶべきです。理解すべきものが目の前に現れたのですし、理解すれば新たな道が開けるのですから。
サッカー、シザース
基本姿勢は
- シザースは小さなジャンプを伴います。
- 敵DFと正対します。
- 敵DFの左右に対して、自分の両方のつま先を開きます。
小さくジャンプ
- ボールをまたぎます。
- またぐ瞬間に軸足は地面を蹴って小さくジャンプします。
- またいだ足が軸足になります。
みそは重心移動
- ボールと軸足の間を、逆足と自分の重心が移動します。
- この重心移動にこそ、敵DFが反応します。
- またぐ動作に対しては、敵DFはあまり反応しません。
- 敵DFは自分の重心移動に反応します。
リズムは1、2、3。
- 1でまたぎつつジャンプ、
- 2で軸足が交替し、自分の重心が軸足側にスライド、
- 3で敵DFの重心がつられて移動したら、逆サイドに隙ができます。
- 敵DFの重心移動が十分でなければ、123を繰り返します。
- 自分がバランスを崩してしまったらバックステップして休憩。
サッカー、トラップでかわすテクニック
プレッシャーは常に「正対」して接近する
- YouTubeで見たテクニックです。
- トラップ直後に敵のプレスをはがす方法を見ました。
トラップ際をねらう敵DF
- 敵DFがトラップするであろうプレイヤーにプレスを掛けてきます。
- 敵DFは隙を作りません。
- 敵DFはプレイヤーの真正面(自陣ゴール方向)をふさぐように詰め寄ってきます。
正対したまま、会敵
- トラップするプレイヤーは敵DFに正対しつづけながらボールとの接点に立つことになります。
トラップの「一瞬前」
- トラップするプレイヤーは、トラップの一瞬前に、少しだけ体を開きます。
- 開いた足でトラップするのですが、ボールは反対側に小さく弾きます。
反応するしかないDFは
- プレスに来た敵はプレイヤーが体を開いた方向に少し反応してしまいます。
- 敵プレスの重心が流れて、プレイヤーが弾いたボールと反対の動きになっています。
- プレイヤーは弾いたボールを拾うようにして前進します。
- プレスに来た敵はプレイヤーの後手に回ります。
サッカー、メッシのドリブル
YouTubeで
- メッシのドリブルをYouTubeで見ました。
- 解説動画では、メッシのドリブルの基本的な思想を述べていました。
- 対人のドリブルの動画を繰り返し見ました。
- そのYouTubeの解説を繰り返し聞きました。
- 驚いたことに、スペースやゴールに向かうドリブルではありませんでした。
- DF、敵に向かってドリブルしていました。
反応を利用
- 敵はメッシが向かってくると身構えて一瞬足が止まります。
- その瞬間にメッシは方向を転換して進みます。
- 敵はメッシの後手に回ってしまいます。
- メッシは即座に次の敵に向かいます。
- メッシは敵から敵へとタイミングよく方向転換しながら進んでいきます。
- どんなに狭いスペースであってもそれは同じです。
- どんなに敵が多くても同じことをします。
- 出遅れた敵の動きを敵のキーパーから見たブラインドに仕立てたりもします。
- 最後にはパスなり、シュートなりを放ちます。
目標は敵
- 敵に向かうドリブルなら、目標がわりとハッキリすると思います。
- 初めから敵と敵の間に向かってドリブルしません。
- 複数の敵に同時に接触されることを避けます。
- 複数の敵であっても接触するタイミングが少しずつずれているなら一対一の繰り返しです。
- 敵はDFで、最後の敵がキーパーです
連携しない敵は味方
- 実は多すぎる敵は、敵同士で力を殺し合っています。
- 敵同士は連携を大切にすべきです。
- メッシにおびえるとメッシの思うつぼです。
- 敵は連携してメッシを思い通りの形に持ち込むべきです。
- しかしメッシの容赦ないドリブルは敵に思考する余裕を与えません。
文章の書き方
中心があれば良い
- 完成を目指さない。
- 事象をのべる。
- 感じたことを書く
- 考えたことを書く。
- 二次的に考えたことを書く
- 整理、統合、添削する
- 保存する
- 後日見直す
- 考え直す
- 書き直す
- 以上の一部を繰り返して完成に近づけていく。
- 完成はしないと最初から割り切ること。
- 細部にこだわるほど作業は進まない。
- だいたい書き出したあとでタイトルや見出しをつける
- 書いた文章の中心点を押さえる
- 文章の中心を自覚した時、書いた意味が生まれます。
働く:職場を去る人
- 人が去っていく職場があります。
- 人が去っていく職場には特徴があります。
- 退職者に冷たい職場です。
- 退職者が裏切者扱いされる職場があります。
誰に投票しますか?
期日前投票へ
期日前投票に行こうとして、誰に投票しようか考えました。その判断材料をWeb上で探すことにして、まずは立候補者の一覧と、それぞれの立候補者が何を訴えているのかを知りたいと思いました。
しかし、候補者名の一覧はすぐに見つかるのですが、各立候補者の訴えを簡潔かつ正確にまとめたサイトはすぐには見つけられませんでした。
さらに、仮に立候補者の訴えを一覧にまとめてくれたサイトが見つかったとしても、そこに書かれている内容はサイトの運営者の主観を通した内容になっているはずです。もしも、まとめサイトの運営者が特定の立候補者を支持している人だった場合、偏った内容のまとめになるはずで信用できないことになります。
個別のWebサイトで見る
結局、各立候補者の立ち上げたWebサイトでそれぞれの訴えを確認することにしました。
すると以外にも、半数弱の立候補者が選挙用のWebサイトを作っていないことがわかりました。また、Webサイトを作っている立候補者の間でも、その内容の濃さには大きな違いがあることにも気づきました。詳細に訴える人、とりあえずこれでいいやという印象の人、何を言いたいのか伝わってこない人など、Webサイトにも大きな差異を感じました。
精査するまでもなく
選挙でだれに投票するかは、それからまもなく決まりました。決め方は以下の通りです。
- 立候補者自身が個別の選挙用Webサイトを立ち上げている
- 政策として何をしようとしているかが具体的にわかる
- 自分から何かをしようと動く人であるという印象がある
以上で決めました。さらに、決めるにあたっての私の心の内をまとめると以下の通りです。
- 政策には期待しない。どうせほとんど実現しないだろうから。
- 訴えが抽象的だと話にならない。なぜなら、その立候補者が何をしてもしなくても、訴えが抽象的ならどうとでも正当化できてしまうから。要するに、抽象的であるということは逃げ腰であると判断します。
- 訴えの文面から感じられる立候補者の活動意欲の強さが一番気になる。
以上のことを心中に抱えながら投票する人を決めました。
意外なきづき
Webサイトへの審美眼
私は個人で拙い当Webサイトを運営していますが、この程度の能力であってもやはりWebサイト運営に全く関わっていない頃よりは格段に審美眼が養われているのだと自覚しました。Webサイトに対して何を求めるかをまとめると以下の通りです。
- 「訪問する前」に知りたい情報がそのWebサイトあるはずだと思える。
- 「3秒以内に」知りたい情報がそこにあると、実際にWebサイトを訪問して理解できる。
- すぐに全体像がつかめて、Webサイトで拾える情報の質と量がわかる。
- 情報の深度を自由に選べる読み方が容易で、必要に応じて詳細な情報を拾うことができる。
- どう動くかがイメージできて、自分やWebサイトで紹介されている人の未来の動きがイメージできる。
- デザインよりも、欲しい情報をすぐに見つけられるかどうかが何より大切。情報を求める人はその後にどう行動するかを決めようとしていることを理解したWebサイトであってほしい。
以上の点について、Webサイトの訪問者としての評価基準を持っていることを自覚しました。
コメント